100年分の人生相談!著者「きょうも誰かが悩んでる」より。

100年分の人生相談!著書「きょうも誰かが悩んでる」より。

みかりんイラスト

いらっしゃいませ「お悩み相談オンライン喫茶」へ ようこそ。

カウンセラーみかりんです。

読売新聞の小さなコーナー「人生案内」をご存知ですか?

新聞は取ってないので実家に寄った時、読み漁ってます。

まとめて読みたいな〜と思って調べたら

100年分をまとめた本を見つけました!!やったぁ〜♪

人生相談を100年分📙

大正3年(1914年)〜平成26年(2014年)までのお悩みです。

読んだ感想は…「すべての巡り合いは期限付き」

人生最後に思い出すことは偉大な事ではなく小さな幸せなのでしょう。

ただ励ましてあげたいな、少しでも笑顔になれるよう。

悩んでも笑っても たった100年。

当時の悩める人たちを応援する気持ちで読んでみてください。

結婚をめぐる事情、昔と今。

いつの時代も悩みは普遍的、だけど回答は時代によって異なりました。中でも「結婚」をめぐる事情はかなり違います。

昔の結婚は家と家との結びつき。当時の民法では男は30歳、女は25歳まで結婚は親の同意が必要だったよう(自立できないですね💦)「親の決めた相手と結婚する」それは強制ではなく自分自身の道徳から選んだようです。親の同意なしに結婚してしまう事は「自由結婚」と呼ばれ、後ろめたい雰囲気を感じました。

【相談:昭和6年25歳女性:収入のない愛する夫】 恋愛結婚して1年、良人(おっと)32歳は画家ですが少しも収入がありません。肖像画で二百円月収があるとのことでしたのに、結婚してみると様子が違うのです。私は限りなく良人を愛していますし愛してくれます。(中略)私は女給になり支えて参りました、最近良人は「のっぴきならぬ借金があるから苦界(遊女の勤め)へ身を沈めてくれるよう強うるのです。なんでもする覚悟ですが、体まで売る気になれません。私の他に良人の為に私と同じような苦労をしている婦人があるらしいことを聞きかすりました。私の取るべき道を教えてくださいまし。

【答え 河崎ナツ】あなたの愛は純情で御主人の愛は多分に不純の点があるよう見受けられます。(中略)月収二百円の肖像画家というと相当有名な方でなければあるものではなく、、そういう判断が恋愛のために希薄にされてしまうのが、女性の良いところでもあり、欠点でもあります。貞操を売ることだけはやめなければなりません。それをすすめるご主人に愛がないという疑いは持てますが、借金は女給をしながら少しずつ返すようになさるのが良いと思います。恋愛結婚をなさるなら、このくらいの覚悟が必要です。

きょうも誰かが悩んでる」人生案内100年分 読売新聞生活部著
※本文とは関係ありませんが、我が両親の結婚写真です(笑)

恋によって、相手の欠点さえ美点に感じるのは「良いところでもあり、怖いところ」にもなるかもしれませんね。燃える恋こそ、冷静なアドバイスが必要。

大正時代のお悩み回答

許嫁と結婚したくない大正5年の女性の相談:「恋人がいるけどお互い家督相続人(長男や一人娘)なので結婚は諦めた。でも家が決めた婚約者と結婚したくないです」

回答:「あなたが、かぶりを振ったとて、どうなるものでもありません。義務を果たしてください」でした。(厳しい💦)

当時は許婚が主流。好きな人と結婚しても別れることもあり、許婚と見合い結婚しても生涯仲良く支え合った夫婦もある。結婚に関して「愛することは努力」なのです❣️「愛する覚悟」や生きるのが過酷な環境は絆を育てる面でもありましたね。

相談者が自らを「処女」と名乗っていることも注目されます。農村社会は性に寛容だったようで、好きな女性のもとに男性が通う「夜ばい」は村公認の風習だったそう。処女でなければと言う規範は西洋から入ってきたものだったそう。精神的な愛が最高潮に達したすえに結婚があり、結婚のみ肉体的な愛が許される。処女には価値があり処女でないものは結婚する価値がないとの考えは若い処女の女性に誇りを持たせたそうです。自ら「処女」と名乗るのはそのためです。一方「処女ではないので結婚できない」と言う悩みも多く寄せられたそうです。

昭和に入るとそんな不自由を抜け出し、事実婚カップルも少なくなかったそう。当時、流行った「カフェー女給」となった人は夜の街で自由恋愛し、それで傷ついて人生相談されることもあったようです。カフェー女給の給料とは、通い詰める男性からのチップだったそう。お客さんは、AKB総選挙みたいに店内で人気投票する権利があったので、女性同士が人気を競う合うためにこっそり体の関係を持ったりすることもあったようですね。

「きょうも誰かが悩んでる」人生案内100年分 読売新聞生活部著

子供の頃、少女マンガで見た処女を捧げるシーンは、女性が自ら服を脱いで涙を流していた気がします。映画「潮騒」とか…古いですね(笑)私の子供の頃は、とってもこわいことのように感じてましたね ^^;

「家制度」にしばられた戦前の女性たち

夫と死別した妻(22)義理弟と再婚迫られ相談、夫の弟との結婚を迫られ、泣く泣く義理弟と再婚した相談に「出ていくと、子供は婚家に残すのが今の家族制度」と… そんな家制度やだ〜(;_;)

昭和7年 父親の借金のため「貞操を売って!と父に迫られる23歳の女性の相談、千円の前借りで暗い職業に身を投じました。恋人と結婚したいのに「それは困る」と反対に。(当時は親の同意なしに結婚できない、、、)

昭和22年 新民法で家制度は廃止されましたが「跡継ぎは長男」「一人娘は婿養子」の考え方は長く残りました。

きょうも誰かが悩んでる」人生案内100年分 読売新聞生活部著

たった100年でこんなに時代は違いました💦

戦争で引き裂かれた夫婦の愛

【相談:35歳男性(昭和24年)】6年ぶりに帰宅、妻は二児とともに親友と同棲、しかも親友の胤(たね)まで宿していた…我が児だけでも引き取り、新発足(出発)しようと思いますが、親友を実父と思い込んでいるので私に近づこうともしません、如何すべきですか?

【答え】満州方面からお帰りになったのでしょうか。長い間どんなにご苦労の下に生きておいでになりました事でしょう。申し上げる 言葉もないほどです。(中略)そむいた奥さんのことなど心から放しておしまいになる方法を。近く目に見えない場所にお住みになり、再出発に温かい人をお見つけになって蘇生していただきたく存じます。あなたのお気持ちが温められ愛に満ちてから、お子様の処置をお考えになっても遅くはないと存じます。お子様はあなたが社会で立派におなりになる事で、ちゃんとあなたをお父様として慕って来られる結果になるに違いありません。

6年以上も帰って来ない人を待つ身もつらかったでしょう。その旦那さまも再出発をして幸せになったと信じたいですね。。。

切ない昔の人生相談

【相談:大正7年女性:困窮から木食を16歳の時から親一人、子一人。体の弱くなった母は辛そうです。ふと「木食」を思い立ちました。あんなにある木の葉を喰って生きて行かれるならどんなに余裕が増えるだろうかと。

【答え】木食仙人などというものを聞いた事がありますが可能なのか分かりません。政府の方でなんとかなるようにと…

映える画像の為にオーダーする時代、100年前は食べることさえままならなかったのに…


【相談:大正8年女性:7歳の女児を良家へ】懇意な家に、7つになる女児がいます。血統正しく性質温良な上に愛嬌に富み誠に品の良い子です。その家は不幸続きで愛育することも出来ず、慈悲深き良家へ遣わしたいとのこと。1つお願いがあります。百五十円程の金子が要りましてお救い願いたい事であります。物質の御満足は得られながら天授の子宝無きためご家庭の寂しい御宅も御座いましょう。ご連絡ください。

【回答】不幸なこの御子さんの上に祝福あらん事を祈ります。

【続報!】拝啓先日はご紹介ありがとう存じます。実業家の奥様でご慈愛のあるお方に望まれまして差し上げました。不幸であったあの子は幸福な身の上となりました。

マンガ「キャンディキャンディ」を思い出しました。アニーが良家に養女に行って幸せになった話。

この「人生案内」は人生を救う大きなものだったのですね。当時の新聞には本名、住所なども書かれていたのでしょうね!


【相談:昭和34年 39歳男性:テレビが買えず子が劣等感】テレビが買えず子が劣等感。6歳の子がテレビのことで近所の子から嫌なことを言われ困っています。妻が泣いて話すので可哀想に思うのですが中古品でも安くは買えません。子供は貯金すると1円でも大切にしまっている姿を見るとあわれでなりません。親の取るべき態度を教えてください。

【答え】持つために苦労するのは愚かなことです。長く計画することです。ご近所に公開テレビがあれば時間を決めて見に行ってください。

現代の恋愛・浮気・不倫

時代は移り変わり…SNS、マッチングアプリなど家に居ながら簡単に出会えるようになりました。携帯電話の普及により個人とダイレクトに連絡できるから、簡単に浮気できてしまいます。物質的に恵まれ過ぎた状態は逆に寂しさを生み、心の外側に寂しさを埋めるものを探してしまいます。浮気や不倫は、向き合うべきものから逃げることなので、最終的には寂しさが増幅し、罪悪感で病んでしまうことが多いけど、「本当に向き合うべきもの」をそこから見つけられることもあるのです。

こちらのご相談と回答は、一般的なあるあるですね^^;

【相談:平成10年 32歳既婚女性:高校生の子と付き合う】子供が小学生になったのを機にパートに出ています。バイトの高校生から「好きになってしまった。年の差や家庭があるのも分かるけど、どうにもならない」と告白されたのです。こんなおばさんでも好きになってくれるなんて嬉しかったです。(中略)夫や子供にもかえって優しくなりました。このまま家庭を壊さずに彼と付き合い続けたいと思います。間違っているでしょうか?

【答え】ちょっとずるいな…「家庭は壊さず」という発想。浮気する男性の古典的な言い訳と同じ。彼にも、夫にも、あなた自身の誠実さに対する裏切りにもなりませんか?「家庭を壊してでも」と思い詰めるなら別ですが(中略)結婚してもときめく日々を送りたいものです。そのために愛する人と暮らし始めたのではありませんか? あなただけでなく夫も努力すべきこと。ときめきは外、家庭は保証として取っておくというのは問題ではないでしょうか。あなた自身に赤信号が点滅しているということを考えてみてください。

「きょうも誰かが悩んでる」人生案内100年分 読売新聞生活部著」

最後に、回答者の一人でもあった森英恵さんの言葉、「人生に必要なのは捨てる決断。大事なものを残し何を捨てるか。つまり脱皮です。脱皮の方法は人それぞれ」手に入らないものを手放す勇気が人を成長させると思います。


「人生案内」が始まった年表です。

1914年(大正3年5月)「身の上相談」(人生案内の前身)

1914年(大正3年7月)第一次世界大戦〜18年11月

1923年(大正12年9月)関東大震災

1931年(昭和6年9月)満州事変

1937年(昭和12年7月)日中戦争始まる

1939年(昭和14年9月)欧州で第二次世界大戦始まる

1941年(昭和16年12月)太平洋戦争始まる

1945年(昭和20年8月)終戦

2014年(平成26年5月)「人生案内」100年を迎える

いかがでしたか? 1「戦争」「大震災」を体験した先祖のDNAを持った私たち。不安感情も受け継いでいるんでしょうね。親の世代はもっと安心感を感じられないまま生き抜いてくれたんですね。今は亡き方々がその後しあわせに生きたと信じたいですね。

私たちも悩みを持ったまま、少しでもラクに、笑顔で生きていこうではありませんか❣️解決できなくても、思い煩わないで励まし合っていきましょう!!!

ということで、今日もご来店ありがとうございました。

あなたの未来は、たくさんの導きと共にあります。

店主のカウンセラーみかりんでした。またね♡

音声ラジオ「おしゃべり喫茶」では、こちらの記事を音声で聴くことができます♪ ↓

この記事を書いた人

カウンセラーみかりん